岳父と丈母(17)

  • JAMさん
  • 2016/11/29 22:59:40

 昼夜かまわず働いた若い日、悔しいことは山ほど体験したことだろう。それでもこつこつ働き、走り、生きた義父。そして、やっと手にした普通の生活。解放された暮らし。休むことなく毎日を元気に生きることが義父の解放運動だったのか。おおらかに真っ正直に生き、差別のない人間関係を築いた義父のあの笑顔が今、懐かしくよみがえる。
                 ◇◇◇
 2010年12月16日の夕刻、義父は入院先の病…

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岳父と丈母(16)

  • JAMさん
  • 2016/11/29 00:08:34

 最後の入院中、帰宅を許された義父は、自宅前の小さな隣家の撤去跡に土を運び込み、懸命に一人でならしていた。
 土地には、夫婦二人が住む小さな家があったが、行政の施策に同意して他の家々と同様に移転し、家屋が取り壊され更地になっていた。その隣にあった2階建ての隣保館もすでになく、わが家の前庭は大きな空間が現れていたのだ。
 義父は肺がんで衰えゆく体力を振り絞り、スコップや鍬をふるい、猫車を押し、小山ほどの…

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岳父と丈母(15)

  • JAMさん
  • 2016/11/28 20:01:45

 行政上の差別は確かに無くなったように見える。時間軸から見た歴史的な「未解放」からの解放は大きな進展があった。だが、私は空間軸から見た現代の「被差別」を強く意識せざるを得ない。さまざまな「差別」に異様に反応してしまう。観念としての差別意識。私だけだろうか? 
 たとえば、部落に根差した結婚差別、職場での差別は確実に存在している。 
 私の子供たちは未解放部落、被差別部落について知らずに育った。
 私は新…

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岳父と丈母(14)

  • JAMさん
  • 2016/11/27 08:02:43

 茶発祥の名刹が立つこの山里から、さらに山手に上った山間に義母の生まれ育った里はある。急流が走る山峡に開かれた集落だ。
 鎌倉時代からの金山の里でもあった。
 
 義母の父は、この山里から遠く海に面した水郷の町に住んでいたが、他家に養子にやられ、養子先で山手奥の山村に暮らす女性と結婚した。この女性が義母の母である。だが姑が、この嫁をいじめるのに耐えられず、二人して家を出たという。結局、逃げ伸びた所は嫁の…

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岳父と丈母⑬

  • JAMさん
  • 2016/11/27 00:31:50

   私は義母について語らねばならない。義母は、私と義父との間を、とりもってくれていた。
  義母は全く無償の愛で、私たち子供夫婦と孫に対してくれた。義母の孫への振る舞いに私は、子を取られた思いもあったが、気持ちよく成り行きに任せた。やさしい人だった。
  
  この日もある夏の日の記憶。蝉の声が耳に染みついていた。
  私は眼鏡橋を建てた地元の石工の墓を探して、山中の古い墓所を調査していた。県境に近い山…

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