白と黒の記憶⑦

  • JAMさん
  • 2015/8/25 16:42:01

年上の「在日」の少年は、驚くぞー、といった風な顔を私に向けながら、ふすまの戸をそろそろと開けた。目の前には、生まれたばかりの猫の仔が2匹か3匹、もっといたかもしれない。布団のようなものと戸の間でぬるぬると胎盤に包まれてうごめいていた。親猫がいたかどうか、記憶にない。

彼はどうだい、すごいだろう、と言ったかどうか。私はたしかに驚いた。ただ二の句を継げず、眺めるばかりだったように思う。彼は、仔猫たちの由来を私に説明したはずだ。しかし、飼い猫か野良猫かも、私は覚えていない。私は逃げるようにそそくさと家を出た。

彼が一緒に遊んだことのない私を家によんだのは、おそらく、この猫たちは、この日か翌日の命だったのではないか。処分される前に、生き物の不思議を誰かと分かち合いたい、その一心で、たまたま近くにいた私を誘ったのだろう。

自分と違う顔立ち、言葉も食べ物も違う。自分よりもっと貧しい暮らし。こんな環境や人々に日々接しながら、少年の私は、親の意図を離れて育まれていった。子どもの差別意識は、「違う」という事実からはじまり、大人たちのあからさまな言葉から身についたようにも思う。

我が家は町のはずれにあった。町の中心近くにある国鉄駅から大人の足で3、4分のところだ。駅と反対方向に下ると広い踏切があり、渡ってすぐに川が流れている。その土手に「在日」の集落があった。そして我が家の周辺にも、「在日」の小さな住まいが遠慮がちに何軒かあったのだ。

「在日」の子たちは、登下校に我が家の店の前を通っていた。妹の同級生に在日の男の子が一人いた。なぜあの日、私は彼と諍いになったのか。私が小学4年で、彼はまだ2年だったはずだ。こんな小さな子が二人、襟口をつかみ合い、私は彼を倒した。そして「チョーセンジン」と罵倒した。いつものように、これで私の優位勝ちのはずだった。が、この日、彼は立ち上がり、「なにが、ニホンジン」と言い返したのだ。私は、ひるんだ。返しようがなかった。

今思い返して思う。あの日の彼のあの反撃の一言が、わがままな私の自我と他者への目覚めだった。少年の私は、この出来事を境に、とてもおとなしくなったようだ。

母は体の具合が悪いのかと心配し、父と相談した。

父は一家の移転を実行に移す時期だと決心したのだろう。造り酒屋のすぐ近くに土地を手に入れた。住まいの新築は父にとっては一世一代の大仕事なのである。

父として、我が子の成長を願い、安心な子育て環境を求めるのは当然のことだろう。そしてこの願いと希望は、私の父と同じように「在日」の一世、父母たちにも言えることなのだ。我が子である在日二世は差別の中で育てたくない、在日の苦労から解放させたいと。

そして、私の前から彼らが消えた。

 


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