鏡の中の記憶⑩

  • JAMさん
  • 2016/3/24 18:43:45

 私の少年時代のテレビ体験は他人の家で始まった。テレビの登場は、私には今のスマホより以上の革命的出来事だった。私は、商店街の他人の家の居間や台所、座敷に上がり込んで見ていた。店にテレビ設置が遅れた理由は家計上の事情があったのだろう。テレビのない家の子どもの私に、テレビを見せてくれた家々の記憶をたどってみる。

まず、隣の在日の家庭ではオンドルの部屋で朝鮮服のおじいさん、おばあさんと、よく大相撲を見た。同じく隣の大家の台所では、まだ健在だった大家のおばあさんと昼間、「恐怖のミイラ」を見た。いよいよミイラ登場の前触れの音楽が流れると怖くて外に出た。

商店街を数軒上った向かいの民家では夕方、居間に上がり込んで、一人テレビを見た。きれいな裏声で「からたちの花」を歌うデビューしたての振袖姿の島倉千代子にうっとり見入っていた。この家ではフランキー堺の家庭ドラマも記憶にある。サラリーマンの新婚夫婦を描いたドラマで、堺が出勤しようと玄関を出ると、一人留守にするかわいい新妻が心配になり、引き返してドアを開け、階段を気を付けろと声を掛ける。ドアを閉めて行ったかと思うとまた同じ行動をする。そんなおっちょこちょいの夫がうれしくて、フフッとほほ笑んだ相手役は誰だったか。まだ小学校2、3年のころだった。ポパイやディズニーのアニメもこの家で見た。

国鉄駅に近い同級生の家でも座敷にお邪魔した。見たのは「時間よとまれ」。毎週見に行った。主人公が「時間よとまれ」と言うと、ほかの出演者がその場で動きを止めた。主人公が指でつつくとわずかに動いていた。あの「だるまさんころんだ」の鬼ごっこと同じ演技だった。同級生は、ついでに姉か兄のコレクションのレコードを自慢げに聞かせてくれた。プレスリーが何枚もあった。「煙が目に染みる」に生意気に聞き入ったのを覚えている。

商店街に2軒あった電気店では、店のはからいで街頭に向けてテレビを設置していた。私は同級生の電気店には行かなかった。彼は恋敵だった。力道山、吉村、ミスター陳、グレート東郷、大人たちとプロレスのテレビ画面に夢中になった。

そして天皇・皇后両陛下のご成婚中継。これは店近くの大きなガラス屋さんで近所のおばさんたちと一緒に居間に上がって見た。おばさんたちがなんとなく威儀を正していたので、私もかしこまって見た。

大村崑の「とんま天狗」も毎週、仲良しの同級生の家で見ていた。同級生の雑貨店は、商店街をはずれて暗い森沿いの道をたどった隣の集落にあった。向かいにはあの苦手なお寺があったのだが、私は「とんま天狗」見たさに日暮れ時、勇気を出して走って雑貨屋まで行った。帰りは、酒造会社の勤務を終えた父が迎えにきてくれた。

私はこんな図々しいガキだったのだ。すべては母の信用あっての不躾な振る舞い。母のなじみ客のおばさん家(ち)だった。おじさんも「ああ、あの散髪屋の子か」と許してくれた。そして私のこの行動も母が見通せる圏内での行動だった。もちろん妹が一緒の時もあった。

しかし私はいつ勉強していたのだろう。家でノートと鉛筆を手にした記憶は、漫画を描く時の思い出しかない。

 


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