鏡の中の記憶(15)

  • JAMさん
  • 2016/4/10 15:16:41

若い母親と男の子は1年もしないうちに居なくなった。長年うちの店に勤めていた男性理容師と結婚して一緒にやめて行った。

優しい理容師クリヤマのおいちゃんと家族になったのだ。私はクリヤマのおいちゃんが好きだった。やはりキャッチボールの相手をしてくれた。川釣りの仕掛けを作ってくれた。けがをした時は父親代わりに医者に駆け付けてくれた。控えめな質で実直な人だった。父と母の信頼もあつかったようだ。店や町内のことで何かと代役をお願いしていた。だから私は寂しいけれど、やんちゃな男の子のおばちゃんと結婚したことはうれしかった。いつ、どこに旅立ったのか、子どもの私にわからないままに親子3人消えた。

6畳の間の思い出。富山の薬売りが何度か来た。赤い引き出し式の薬箱を差し出すと、でかい風呂敷に包んだ行李箱から新しい薬を取り出し、置き薬を入れ替えた。母が来ると、とっておきのうわさ話をしていたようだ。妹と私二人に紙風船をくれた。声を掛けてくれたが、もはや、どんな顔付きの男で何の話をしたか記憶から消えた。四角い紙風船は1週間もたつうちに、どこかに消えた。

家庭訪問で母と二人、小学校の担任の女先生を迎えた。人ひとりが通れるだけの狭い土間から、障子を開けてヒョイと上がる部屋。裏の台所の流しが木製のにわか作りなので、じめついて、かび臭さもあったのではないか。女先生は遠慮するように、障子の敷居近くに座り、部屋の真ん中に座る母と私を見つめていた。まだ外は明るいのに自然光の少ない部屋。私たち母子を、傘をかぶった弱い電球が赤く照らしていた。女先生は、こんな場の雰囲気にとまどいながら「おかあさんが好きなんだね」と私に向かってほほ笑んだ。母は、「勉強せんし、いたずらはするし」と困った風な顔をして応じていた。図に乗った私は一層デレデレと母に縋りついた。

夜の6畳間。妹と私二人、布団に寝ていた。枕のそばに、ちゃぶ台を挟んで父と母がいた。頭を寄せて書類を見つめ、ボソボソと話していた。青色申告の帳簿づくりだったと知るのは随分後のことだ。父と母には新居実現の夢がある。節約の日々だったはずだ。「これは、どうじゃろかねえ」「いけまいでよ。こまったのう」。そんな深刻な会話があったような気がする。私は目をつむり、しばらく聞いていたが、父と母二人の真剣だが親密な会話ぶりに安心し幸福感を抱いて、次第に眠りに落ちていった。  

若い道具屋が定期的に行商にやってきた。大きなバッグを積んだ黒いオートバイに乗っていた。客待ちはバッグで占領される。客がいるときは先に他の店を回ってきた。修理の終わったバリカンやハサミを母に納めた後、革砥や髪油の新製品を盛んに薦めていた。母はポマードやチックを品定めして何本か買いだめしていた。そんな時の母の顔は生き生きしていた。理容道具を物色する母の顔は、店で野菜や魚を買う母親の顔と同じになった。普段、父が食事を作っていたからだろうか、節約もあっただろう。店で買い物をする母の記憶がないのだ。理容一筋、働くばかりの母だった。

 


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