中央青年の家での「ギタッ子」の活動は活発でしたね。サマーフェスはもちろん、文化祭にも実行委員を送りだし、また出演もしていました。いくつかのバンドも生まれ、独自に活動を始めるなど、毎週1回の練習では足らないということで、土曜日や日曜日にバンドごとに練習したりしていました。

 そういう活動を通してオリジナル曲が生まれました。以前紹介した青年会議所主催の「平和音楽祭」に出演したり、FM長崎主催と記憶していますがコンサートに出たり、自主CDを録音する機会を得たバンドも出たりと・・・、ある意味ギタッ子としての一番のピークの時期だったかもしれないですね。

 また音楽活動は、他のグループやバンドと知り合いになり、交流が産まれることにつながって、多くの知り合い・友人が回りに出来はじめてきました。このつながりは今も続いていますね。20代からのつながりが50代まで続いている・・・、これはある意味財産かもしれないです。

 上の写真は、当時の演奏を録音していたカセットからCDにダビングしたもので、うちのリーダーの作成。当時は会場にカセットを持ちこんで録音したり、ミキサー卓から録音したりしていたと思うのですが、それらの演奏をまとめてCD化したもので、やっぱり使い勝手がいいですね。
 こうやって見ると、まずギタッ子という母体があって、そこから「まつりご」や「スコール」「かしまし娘」等が誕生してきたわけです。オリジナル曲については、何とか、YouTubeにアップしたいと思っています。

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