石木に思う

  • 時代おくれ
  • 2017/8/02 23:02:00

 先日のニュースで、県が未明のうちに重機を現場に搬入したとのこと。みんなが寝静まった真夜中にすることかと正直思う。そういうことをするからモメるわけだ。つまり信頼関係が築けない状態が続くし、原因を作っていることにもなる。

 ここ最近では、県(事業者)側が現場に警察を呼ぶような事態もあっていると聞く。警察と対峙するような局面は絶対に作ってはならない。県側にその認識を持ってもらいたい。

 何で県・佐世保市は、反対派が掲げる疑問・質問に真摯に応えない。佐世保の水事情に対する疑問、防災面でのダムの効用性に対する疑問等など、ダム建設計画の原点を明確にすべきだと思うね。

 それらに対して、もう議論し尽くした、もう議論の余地はないみたいな対応だけで十分と思っているならば、お門違いだろう。公共事業の有用性が本当に公共の理に適っているのか、常に検証しながら、限りある税金を投入することの是非を地方自治体・国は謙虚に点検して欲しい。

 また、別のニュースでは、石木ダム建設を実現する、要望する講演会もあったようだ。建設賛成・反対の声はあっていい。否定しない。そこに、ダムマニアという人たちがいたり、ダムが出来て新しい民間活力を生み出し、各地にダムカレーなどが出現している実態も知った。

 けども、今必要なのは、完成した後のことではなく、作るかどうかの一番大事な判断なのだ。ダム建設には多くの自然の破壊、故郷の喪失を伴う。一度壊したものは、もう回復できない。

 日本で唯一ダム撤去に至った熊本の荒瀬ダムから学べることはないのか。石木ダムは本当に必要なダムなのか、今からでも遅くはない。立ち止まって考えるべきだと思う。

関連URL:http://ishikigawa.jp/

 夏が終わったら石木を訪ねてみよう。秋の時期はその風景に特に美しさを感じる。石垣が何層にも積み上がる中を登って、中腹の虚空蔵の水を汲みに行こう。


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