訃報再び

  • 時代おくれ
  • 2017/9/03 23:03:00

 土山氏がお亡くなりになりました。長崎新聞紙上の「核廃絶運動の理論的支柱」、まさにそう思います。

 ちょっと振り返ってみます。私が反核平和運動に関わるようになった背景は、これまでも書きましたが労働組合運動が発端でした。分かりやすく言えば、8月6日9日を中心とした原水爆禁止世界大会への参加からです。最初は、動員みたいな形です。その中で、原水協や原水禁、核禁会議とか、その時代の立ち位置を知ることになります。原水禁運動が分裂した時は知りませんが、統一の兆しがあった時は現役時代でした。その後またご破算になり現在に至ってます。

 1970年代後半くらいからは、市民運動としての反核平和運動と関わることになります。そんな中、1983年に官民一体の運動体「長崎平和推進協会」が発足。平和運動の市民版の登場です。これまでの反核平和運動の形態としてあった、原水協だとか、原水禁だとか、既存の縛りを一時的にも担保するような形での、運動の持ち寄りというか、知恵を集めるという点で一つの展望を示したんじゃないかと思いますね。

関連URL①:https://www.peace-wing-n.or.jp/about.html

 その後、2000年にはNGO組織「地球市民集会長崎」が発足し、土山氏が初代委員長に就任されています。

関連URL②:http://ngo-nagasaki.com/index.php

 かなり端折りましたが、土山氏が果たされた役割が、核兵器廃絶運動が様々な事情で分散していたことを乗り越えて、一市民として参加する形を模索し続け、運動する人たちを結び付けてきた、そう思えます。

 今、北朝鮮の核を巡って世界が揺れています。そんな今を、私たちがどういう知恵を出して、戦争の危機を回避するかが問われています。まず、先頭に立つ政府がどういう対応を示すのか、その対応次第では私たちは声を上げないといけない時かも知れませんね。

 謹んでご冥福をお祈りいたします。


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