現在、新しく作曲される合唱曲のほとんどが「委嘱」によって生まれているのではないかと推察します。

新しい才能による新しい感覚の合唱作品が生まれることは喜ばしいことですが、一方で雨森さんがやられている「20世紀の名曲を歌う会」という動きもあります。(ちなみにVol.1は文吾くんブログに詳しく)

「残る」ためには「生まれ」なければならない、わけですからそういう意味では「委嘱初演=生まれたものを世に問う演奏をする」というのはその曲に対して相当の責任を負うことなのだと思います。
とはいえ、「まちがいなく名曲」と周知されている曲を演奏するのも勇気要りますけどね(*^_^*)

いずれにせよ、いまこの時代に、自分たちが何を歌うべきなのかを決めるのはもちろんそれぞれの団でありますし、その団に合った選曲をするというのはとても大事なことなのは言うまでもありません。

演奏する側からのことを書きましたが、聴く側からすると。

知っている合唱曲なんてごくわずかですから、コンサートでもコンクールでも初めて聴く曲だらけ。
初演だからと構えて聴く必要はほとんどないですね。
敢えて言うならその曲が生まれた瞬間に立ち会えた、ということくらいかな(^^♪
聴いた曲が「ああ。いい曲だなあ」と思えたとしたら、それはいい演奏だったのだと僕は思うことにしています。


興味があるのは「この歌が何故、今、生まれたか」ということです。


さて、「ウミガメの唄」の初演の様子がYouTubeにアップされていますので、それを見ながら(乱暴ながら)会場に足を運んだテイで。


6月3日、大分市民合唱団ウイステリア・コール第60回定期演奏会で歌われた “児童合唱と混声合唱のための『ウミガメの唄』”(詩・曲 佐藤賢太郎)は4楽章からなります。
手元にある当日のプログラムから作曲者Ken-Pさんによる解説をかいつまんで紹介します。

ウイステリア・コールから依頼を受けたのが2010年12月。
「締切まで余裕があるからじっくり考えようと構想を頭の片隅で練り始め
ていた」とき東日本大震災が起こります。復興イベントやボランティア活
動に忙殺されながら「児童合唱と混声合唱が一緒に歌う必然性のある
詩、コンクールの自由曲としてもメリハリや効果がある曲の製作」に思った以上に悩みながら詩のアイディアを出してはボツにする日々が続くのです。
2012年初め、携わっていた浜松市民ミュージカルの脚本の中のウミガメの産卵場を守る場面にインスピレーションを得ます。
「ウミガメの出産やそれを見守る人間の家族といったように物語を練りこめば児童と混声合唱が自然に登場する詩や曲が書けるのではないか?」
締切まで残り1カ月。その時点でほぼ完成していた3つの詩を捨て、作詞と作曲を開始、締切当日2012年1月31日に完成。

作曲家の(今回は作詞も)労苦が少しだけ垣間見えますね。

つづいて曲についての解説。
ありがたいことに詩は映像と共に見ることが出来ます。

第1楽章「白い希望」は、ゆったりとした浪のようなピアノ伴奏や遠くで響く児童合唱にのせて、混声合唱が故郷の砂浜を目指すウミガメの気持ちを歌います。


第2楽章「夜空のつぶやき」は、「私たちが夜空をみつめる」のとは逆、「夜空が地上をみつめる」という視点から、混声合唱が無伴奏で静かに語ります。



第3楽章「月夜の旅立ち」は、卵からかえったウミガメの赤ちゃんの旅立ちの様子や気持ちを、児童合唱が混声合唱に支えられながら元気に歌い上げます。
第4楽章「白い奇跡」は旅立ちの後、早朝の海岸を歩く人間の親子の会話を、児童合唱と混声合唱が優しく歌います。




とてもいい曲だと思います。ということは、いい演奏だったと思います。
聴くとおわかりのように、児童合唱が相当に重要な役割を与えられています。
ウミガメの赤ちゃんと人間の子供、そして幻想的な効果音、それらをアンジェルス児童はみごとに歌い分け、違和感なく表現しています。

アカペラで歌われる第2楽章はウイステリア・コールの特性がよく現れて、包容力のある神の視線を感じさせてくれます。


誤解を恐れず書きますが、廣瀬量平氏の「海鳥の詩」(1977年 詩:更科源蔵)の世界感と共通するものを感じます。
有名な曲なのでご存じの方も多いでしょうが、ちょっと2曲目・3曲目の詩を紹介しておきましょう。

  更科源蔵「海鳥の詩」
   
    2.エトピリカ 
    
    濃い霧にめしい 黒々と 波のどよめく オホーツク
    風走る岩棚の 草原に首を振り 海を見 風をきく エトピリカ

    氷の臭いにしびれ ぎこちなく カタカタと翼ふるわせ
    火を抱いて ゴーゴーと鳴る 岩瀬に生命をさぐる エトピリカ

    岩崖の土穴の 幼い生命に そうそうと 
    冠毛をなびかせ 目を見張り 
    霧にもめけずに飛ぶ限り 神はいる 
 
  

   3.海鵜
   
    首をのばして 風をきき 首をちぢめ 潮をきく
    蒼く寒く うねりうねる 親潮の キラキラと
    くずれただよう 銀のいろこ

    荒磯は 洗いくだけ 底しれず 行方も知れぬ
    黒潮の 渦の濃霧は 鉛をのみ ドロロンとなる

    鵜は啼かない 首をのばして
    寒流をさぐり 首をちぢめ 暖流をきく


厳しい自然界に生きる生き物たちへ注がれた温かい目線に立つ詩であります。
ちなみに「エトピリカ」とはアイヌ語で「美しいくちばしの鳥」という意味だそうです。
更科源蔵が海鳥たちに捧げた言葉は、自然界への敬意と憧憬の念に溢れています。
そして2012年に生み出された「ウミガメの唄」は、決して昨年の災害と無関係ではないと思う。自然の生命力を信じ、災厄に負けることなく、かならず復活するんだよというエールが聞えてくる、そんな気がするのです。



   「またいつか ここにかえってくるのかな」
        「そうだといいね」

  波打ちぎわに走りより 海をみつめる 君の眼差し
  まだ小さい背中は 朝日の中で眩しい 
                          (第4楽章)






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