フランス・ドイツ・ベルギー合作
監督:マルジャン・サトラピ

最期の8日間で、人生を振り返るナセル・アリ。空っぽな音だと叱られた修業時代。
絶大な人気を得た黄金時代。 誤った結婚、怖くて愛しい母の死。大好きなソフィア・ローレンとチキンのプラム煮。そして今も胸を引き裂くのは、 叶わなかった恋。やがて明かされる、聴く者すべてが涙する奇跡の音色の秘密とは─?
 コミカルとロマンティック、リアルとファンタジーを行き来する独自の世界観が導くのは、様々な味わいが楽しめる 映像のフルコース。けれど最後に私たちを待っているのは、甘酸っぱい本物の人生の味─。

不思議な世界観、映像の美しさ、全編に溢れる音楽の素晴らしさ。
とても良く出来た映画でした。

監督のマルジャン・サトラピという人はイラン人のアニメーター(漫画家)でイラン革命後にヨーロッパに留学、帰国後アニメーターとして活動して自伝的物語『ペルセポリス』で世界的名声を得た、という才女。



『ペルセポリス』


「チキンとプラム」は彼女が作った初の実写映画ということになります。

本職がアニメーターだけあって冒頭クレジットから導入部までのアニメーションが見事。あっという間にその世界感に惹き込まれてしまいます。
登場人物の描き方はとてもクール。
主人公の天才バイオリニスト、ナセル・アリを演じるマチュー・アマルリック(生瀬勝久さんとインパルス板倉さんを足して2で割ったような感じ)は家族に真の愛情を持てない男。
彼が生涯愛したのはバイオリンの師から譲り受けた名器と若き頃愛した一人の女性・・・。
芸術家としては普通かもしれませんが家庭人としては最悪(*_*;
ナセル・アリの妻と二人の子の描き方もまたシュールこの上ないのです。
数学教師である妻は芸術家としてのアリを認めず、家庭を顧みないアリを非難し、喧嘩の勢いでアリの宝でもあるバイオリンを叩き壊すという暴挙に出るのです。
長女リリは長じてとんでもない人生を歩むことになるのですが、これがめちゃくちゃカッコいいのですわ。
成人後のリリを演じているのはなんとマルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーブの子、キアラ・マストロヤンニ。
イメージ キアラ・マストロヤンニ
出演時間は驚くほど短いけれど存在感が半端ない。
トレーラーの最後に落ちてくる、雪をパクっと食べる少女です。

息子はわんぱく&ノーテンキ。
アリが絶望のために死を決意して子等に遺言を言っている(これもアリの単なる思いつきなのですが)最中にオナラをこいて笑いこけるようなやつ。
(このくだりで、ソクラテスの死のシーンも挿入されてますがちょっと遊び過ぎか?面白いけど)
彼は長じてアメリカに渡り、ノーテンキな人生を送ります。

ナセル・アリの母親を演じているのはイザベラ・ロッセリーニ。
いうまでもなく巨匠ロベルト・ロッセリーニとイングリッド・バーグマンの間の娘です。
貫禄充分にタバコを吸いまくる。
彼女が死の間際に吐きだしたタバコの煙は、葬儀の時も埋葬された墓石の上に雲のようにたゆたうのです。

それらのエピソードがとてもテンポよく描かれて全く飽きません。

さて、ナセル・アリが家族を愛せない理由、死を決意する理由が徐々に明かされていきます。
心から愛しながら結婚を許されず仲を引き裂かれた女性、イラーヌ。
演じるゴルシフテ・ファラハニという女優さん、すごく綺麗。
イメージ ゴルシフテ・ファラハニ

T.クリステルさんにちょい似。「イランの顔」という存在だそうです。

アリと別れたのちの彼女の人生も流麗に描かれていくのですが、それがまた美しく哀しい。
父親が認めた相手と結婚してそれなりに幸福な人生を歩むのだけれど彼女もまたナセル・アリとの思い出を決して捨てることができず・・・。

お互いに年老いたのち、偶然街角でアリはイラーヌとすれ違うのです。
思わず声を掛けるアリに、孫娘を連れたイラーヌは「どちらさま?人違いです」と応える。
角を曲がってから、イレーヌは引き返せない人生を嘆きその場に泣き崩れるのです。

妻、ファランギース(マリア・デ・メディロス)は実はアリのことを死ぬほど愛している。
少女時代からアリの音楽に恋し憧れ、オールドミスと言われるようになるまでバイオリン修行の旅に出ていたアリの帰りを待ち続け、ついにアリを結ばれたのです。
しかし、すでにイラーヌを失ったアリの心にファランギースは入ることができない。
彼女が愛してやまないアリの音楽に、自分は必要ではないことを彼女は知っているのです。
その哀しさ、つらさ、痛さ。
そしてついに口げんかの最中、彼女はバイオリンを壊してしまう。
彼女が壊したものは、バイオリン、アリのこころ。そして彼女自身。


実は、修行時代のアリの音楽は師から「テクニックだけのクソだ」と言われていたのです。
しかしイラーヌを失ったのちのアリのバイオリンを聴いて師は「君はこの世界の息をつかんだ。もう教えることはない。」と言う。

「失ったものは全て君の出す音の中にある」

このセリフには打たれました。

私自身、音楽の中にそれまで自分が得たものが詰め込まれていると思っていたのですが、失ったもののなかにこそ真の音があるのだと。

大岡信さんの詩「水底吹笛」の一節が瞬時に浮かびました。

  うしなったむすうののぞみのはかなさが

  とげられたわずかなのぞみのむなしさが

この歌(曲:木下牧子)を歌っていたときおぼろげに感じていたもの。
それがこの映画をみてかなり具現化したものとなった気がします。


描かれる時代があっち飛びこっち飛びするし、アリが自殺の方法を夢想するシーンや死神が現れるシーンなどはかなりコミカルでまさしくマンガチックだし、テーマは決して新しいものではないけれ映像や雰囲気はコーエン兄弟の映画と共通するものがあるかもしれません。

なんだか長くなってしまいましたが、とにかく「美しい映画」であることは間違いありません。





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